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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)382号 判決

控訴人

池田斗華

右控訴代理人

松尾直嗣

被控訴人

横山やすしこと

木村雄二

右被控訴代理人

曽我乙彦

外三名

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は控訴人に対し金一〇万円及びこれに対する昭和五二年四月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その二を控訴人の、その一を被控訴人の各負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し金四五万円及びこれに対する昭和五二年四月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四)  仮執行の宣言。

二  当事者の主張

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決二枚目裏四行目の「人面並」を「人間並」と訂正する。)。

(控訴人)

仮に被控訴人の本件発言が控訴人の社会的評価を低下させるいわゆる名誉毀損にあたらないとしても、それが直ちに違法性をもちえないわけではないところ、前記暴言が控訴人の名誉感情を著しく害するものであることはいうまでもなく、また客商売の控訴人が忍従しているのをよいことにこれがかなり長時間執ように繰返されていることからみても、人の精神的平安を害する行為として損害賠償の対象となるものというべきである。

三 証拠〈省略〉

理由

一控訴人がタクシー会社勤務の職業運転手であつて、昭和五二年四月一三日午前四時三〇分頃客である被控訴人及びその妻を大阪市南区坂町から高速道路を通つて堺市まで運送したこと、右高速道路通行の際控訴人が乗客の負担である高速料金を一時立替えたことは当事者間に争いがない。

二そして〈証拠〉によれば更に次の事実が認められる。

被控訴人は前夜から大阪市南区内で飲酒などをして過ごしていたが、自宅へ帰るため客待ちをしていた控訴人の車に妻とともに乗車し、高速道路を通つて堺へ行くように命じた。控訴人は発車後阪神高速道路汐見橋入口に差しかかつたところで「高速料金をお願いします」と声を掛けたが応答がなかつたのでこれを立替え払いした。ところが高速道路へ入つて五〇〇メートル位走つた頃、それまで酔つて妻の方へもたれかかるようにしていた被控訴人が突然前部背もたれ部分に体を寄せるようにして、内ポケツトから高速道路の通行券を取出し、「わしはこのとおり通行券を持つているのや。誰が高速料金を立替えてくれといつたか。」と言いながらその一枚を控訴人に渡した。そして控訴人が客に逆わないようにとの会社の方針もあつて取りたてて口答えしないのをよいことに、更に「今は運転手と呼ばれているが昔は駕籠かきやないか。」「客の立替などできる身分でない。」「人間面をしているが人間並みには扱わない。」「我々の利用によつて生活をしているのやないか。」などと言いだし、その後妻の制止にも拘らず目的地に着くまで二〇分余りの間同趣旨の言辞を繰返した。

前掲証人木村啓子は高速料金の支払または清算についての的確な供述をせず不自然な点があつて、同証言中被控訴人が高速道路を出るまで寝ていたとの部分その他前認定に反する部分は控訴本人の前掲供述と対比してたやすく信用することができず、他に右認定を妨げる証拠はない。

三被控訴人の右発言は、被控訴人のために高速料金を立替支弁した控訴人をいわれなく誹謗侮辱したもので、通常の醜行の指摘と異なりタクシー運転手としての控訴人の社会的評価信用を害うものでないとしても、その内容が極めて不当でしかも相当時間繰返され、公然非公然を問わず控訴人の名誉心を著しく傷つけこれに精神的苦痛を与えるものといわねばならず、単なる酔客の道義的マナーの問題あるいは社会生活上の受忍限度を超えた違法なもので、法律上損害賠償の対象となるものと解すべきである。

従つて、被控訴人は前記発言により控訴人の被つた精神的苦痛に対し慰藉料を支払う義務があるものというべく、以上の諸事情、特に右発言の場所、同乗者、及び被控訴人の飲酒、更にその後被控訴人から発言内容等の相違は兎も角謝りたい旨の申出が関係者を通じてなされていたことが原・当審での控訴本人尋問の結果からも認められることなどを考慮すると、前記慰藉料の額は金一〇万円と認めるのが相当である。

四よつて、控訴人の本訴請求は右金一〇万円とこれに対する本件不法行為後である昭和五四年四月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を取消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを付けないこととして主文のとおり判決する。

(黒川正昭 志水義文 林泰民)

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